麗江ぶらり旅〜(その4)トンパ文字と東巴文化

今回の旅行のもう一つの楽しみはトンパ(東巴、Dongba。中国語の発音ではトンバに近い)文字を持つ東巴文化の歴史に接することだ。
トンパ文化はナシ族によって受け継がれてきた固有の文化で文字は世界記憶遺産に認定されている。麗江古城のあちこちの看板には中国語に添えてトンパ文字が書かれていて目を引く。いまでは文化遺産という観光資源としての役割が主で、日常用途には用いられていないが、表音と表意文字のどちらの機能も持つユーモラスな絵文字のような象形文字だ。

実は、トンパ文字のことはだいぶ以前、30年以上前から知っていた。
今回の旅から帰って調べてみたがいつこの文字のことを知ったのか、結局はっきりしたことはわからなかった。おそらく1980年に放送されたNHK特集「シルクロード」か、1984年に同じく放送されたNHK特集「秘境雲南」か、どちらかがきっかけだと思う。その後、世界記憶遺産に登録された機会に民放で放送された番組も観たのかもしれない。
トンパとは伝統の宗教や催事をつかさどる司教を意味する。時には先祖の慰霊や預言者としての役目を果たした長老たちのことを指す。むかし住んでいた津軽であれば、土着の神様であるおシラ様を祀る巫女のような存在だろう。死者の霊を呼び出し、現世の遺族に意思を伝える特殊な技能者を指す者のことのようだ。そのほかにも死者の追悼や日常の様々な困難への助言などを担っているらしい。いわゆるシャーマンに近い智者・賢者のことのようだ。ナシ族は女系家系の文化が基本だけれど、トンパは男性の長老の役目だったらしい。
トンパ文化はナシ族の伝統的な信仰であるトンパ教に基づいており、チベット仏教道教に土着の自然崇拝が混交して成立する宗教的な背景を持つ。トンパ文字は日常の通信手段と言うよりは、経典の記載や神話の記述に用いられていたようだ。およそ千年前に成立したとある。


(トンパの神話が書かれている)

麗江古城の北部にある玉泉公園(黒龍譚景区)後門に接する納西東巴文化博物館(麗江市博物館)にはナシ族の由来や東巴文化に関する多彩な資料が展示されていて面白かった。入るとすぐにナシ族の神話が壁一杯にトンパ文字で書かれている。八人の兄弟と九人の姉妹が彼らの祖先だそうだ。

中庭の床には中央の円に矢で刺された尻尾のあるカエルが配置されたルーレットのような模様が描かれてあった。トンパの神事に用いられた占いの道具を表しているようだ。この地方では生き物では蛙が一番偉いらしい。
トンパ文字の解読はなぞなぞの答えを探すような楽しさがある。わからなくて答えを見ると、確かにそうだなあと納得してしまう説得力があって興味が尽きない。
次の写真は何を表すトンパ文字かと言うと.『笑』という意味だ。女性が大きな口を開け歯をむき出しにして大声で笑っているように見える。まさに笑ってしまう(^。^)

中国の他の少数民族でも独自の文字を持つ部族がある。日本ではアイヌに代表される少数民族に文字を持つ部族があったとは聞いたことがない。さかのぼって縄文や弥生時代の遺品にも日本独自の文字は発見されていない。そもそも日本を統一した大和民族には固有の文字がなかった。漢字の伝来は三世紀後半から四世紀ごろといわれているし、日本独自の表音文字のカタカナが作られたのは漢字の伝来以降だ。
広大な中国の辺境に暮らす少数民族が文字を作るエネルギーはどこにあったのだろう。おそらく民族文字は大国とは別の民族独自の固有性を形として残すための手段か、遠方に住む同族にだけ理解できる情報を伝える手段として生まれたのだろう。言い換えれば、文明の発達程度ではなくて、自らのアイデンティティをみつめる熱意と反骨に依存していたのだろうと思う。